西ブログブルク公国

皇室、華族、王侯貴族、政治経済、時計、万年筆、トミカ、トイガン、家庭菜園、糠漬けの話題など、何でもありのブログです。

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Google AdSenseアカウント非承認(続報)

我がサウスアイランド連合公国は昨日、GoogleからGoogle AdSenseのアカウント非承認(アボセンスw)を受けてしまいました。Google AdSenseを始めて約半年、2006年5月にようやく収益が支払最低金額の100米ドルに達し、ステータスも支払手続き中という状態でのアカウント非承認で、ショックを受けておりました。

しかし先程、インターネットバンキングで銀行口座の入出金明細を確認すると、
2006年6月29日 入金 グーグルインク 13,186円
の表示。「キター!」って感じですね。Google AdSenseのアカウントは非承認になりましたが、Googleは最初で最後の広告掲載料を支払ってくれました。先程は怒りにまかせて罵詈雑言を書いてしまいましたが、これについては素直に御礼を言いたいと思います。

半年間ありがとう、Google AdSense。

いい夢見させて貰ったよ!

あばよ!

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  1. 2006/06/30(金) 01:42:19|
  2. 公国統治情報
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Google AdSenseアカウント非承認

GoogleからGoogle AdSenseアカウント非承認のメールが来ました。
*Google AdSense アカウントの非承認

********** 様

お客様のウェブ ページに掲載された Google 広告に無効なクリックが発生いた
しましたので、お客様の Google AdSense は無効となりました。これは広告主の
利益を保護するための手段ですのでご理解ください。

無効なクリックを発生させる行為は、いかなる理由であっても絶対に認められま
せん。無効なクリックには以下のようなパターンがあげられますがこの限りでは
ありません。

-サイト運営者自身によるクリック
-第三者へのクリックの助長、依頼、奨励により発生したクリック
-ロボットや自動クリック ツール、その他のプログラム、ソフトウェアの使用に
よるクリック
-コードや、レイアウトの改変、動作、ターゲティング、配信に対し操作を行っ
た場合

上記のような違反は利用規約に反します。詳細につきましては以下のページをご
確認ください。

https://www.google.com/adsense/localized-terms?hl=ja
https://www.google.com/adsense/policies?hl=ja

無効なクリックにより AdSense アカウントが無効となったため、今後 Google
AdSense にはご参加いただけません。また収益のお支払いも停止いたします。お
客様のアカウントで発生した収益は影響を受けた広告主に払い戻されます。

Google AdSense チーム
いわゆる「アボセンス」ってヤツですね。確かに以前、トラフィック・エクスチェンジを使ってアクセスアップをしたことはありますが、Googleから警告を受けてからは全てのトラフィック・エクスチェンジを解約しておりました。そして先月ようやく収益が100ドルを越えて、今月支払い予定だったのに・・・。実に残念なことです。

アカウント停止するなら、警告した時点ではっきりそう言えよ!

Googleからの警告を受けて、環境を改善した意味が全く無かったということですね。またGoogleがユーザーに警告した時点で既にアカウントを停止するつもりだったのであれば、元々アカウント停止までの間、ユーザーに対してタダで広告を表示させる気だったということですね。しかも、アカウント停止とか言っておきながら、未だにGoogle Adsense広告が表示されるし・・・。Googleよ、貴様らはどこまでがめついんだ・・・。

Google Adsenseなんて、こっちから願い下げだよ!

まぁ、世の中アフィリエイト広告はGoogle Adsense以外にも幾らでもあります。そして我が連合公国はこんなこともあろうかと以前からもう一つのアフィリエイト・プログラムに参加しておりました。

RSS広告社 Trend Match
http://www.rssad.jp/

備えあれば憂い無し。これからはTrend Matchの時代ですね。

<公爵の独り言>
各サイトのGoogle Adsenseを解除しないと・・・。

テーマ:お役立ちツール&情報 - ジャンル:アフィリエイト

  1. 2006/06/29(木) 11:48:27|
  2. 公国統治情報
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連合公国年代記(4)

我がサウスアイランド連合公国の歴史年表です。

・2002年05月12日
宮廷貴族的サロンとして「公爵の応接室」を創設。

・2002年12月17日
公爵の応接室」を公爵領「The Dukedom of Ocean」に変更。

・2003年04月16日
The Dukedom of Ocean」を「Dukedom of Araba」に変更。

・2004年01月11日
Dukedom of Araba」を「アラバ公爵領」に変更。

・2004年04月05日
アラバ公爵領」を「サウスアイランド総督府」に変更。

・2004年08月24日
サウスアイランド総督府」を独立した君主国「サウスアイランド公国」に変更。

・2004年9月1日
サウスアイランド公国」の直轄自治領「サウスアイランド公国ブログ自治領」を創設。

・2005年4月12日
The County of Mangrove(マングローブ伯爵領)」を創設。

・2004年8月4日
アラバ辺境伯領」を創設。

・2005年9月23日
サウスアイランド公国ブログ自治領」を独立した君主国「ブログブルク公国」に変更。

・2005年9月23日
アラバ辺境伯領」を独立した君主国「アラバ公国」に変更。

・2005年9月23日
The County of Mangrove(マングローブ伯爵領)」を独立した君主国「The Duchy of Mangrove(マングローブ公国)」に変更。

・2005年9月26日
同君連合「連合公国」を構成。

・2005年9月30日
ネイヴァルランド公国」を創設。

・2005年11月8日
【連合公国】画像掲示板」を創設。

・2005年11月17日
ブログブルク公国」を「東ブログブルク公国」に変更。

・2005年11月17日
西ブログブルク公国」を創設。

・2005年12月7日
ヌカヅケ公国」を創設。

・2005年12月10日
ヌカヅケ公国」を廃止。

・2006年03月18日
連合公国」ドアサイトを作成。

・2006年05月02日
サウスアイランド公国」の国名を「サウスアイランド連合公国」に変更。

・2006年05月03日
連合公国」ドアサイトを「サウスアイランド連合公国」の予備サイトに変更。

・2006年05月03日
東ブログブルク公国」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国東ブログブルク城」に変更。

・2006年05月03日
西ブログブルク公国」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国西ブログブルク城」に変更。

・2006年05月03日
The Duchy of Mangrove(マングローブ公国)」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「The Mangrove Castle in The United Duchy of Southisland(サウスアイランド連合公国マングローブ城)」に変更。
 
・2006年05月03日
アラバ公国」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国アラバ城」に変更。

・2006年05月03日
ネイヴァルランド公国」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国ネイヴァルランド城」に変更。

・2006年05月03日
【連合公国】画像掲示板」の位置付けを連合公国内の美術館へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国画像美術館」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国東ブログブルク城」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「東ブログブルク公国」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国西ブログブルク城」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「西ブログブルク公国」に変更。

・2006年06月11日
The Mangrove Castle in The United Duchy of Southisland(サウスアイランド連合公国マングローブ城)」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「The Duchy of Mangrove(マングローブ公国)」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国アラバ城」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「アラバ公国」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国ネイヴァルランド城」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「ネイヴァルランド公国」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国画像美術館」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「フォトランド公国」に変更。

・2006年06月25日
サウスアイランド連合公国」の予備サイトを廃止。

テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ

  1. 2006/06/25(日) 18:13:38|
  2. 公国統治情報
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北ドイツ連邦

北ドイツ連邦」とは、普墺戦争に勝利したプロイセン王国が、オーストリア帝国を盟主とする国家連合「ドイツ連邦」を解体し、プロイセン王国を中心として新たに北ドイツに作った国家連合です。

プロイセン王国はかねてからドイツ北部諸邦と「ドイツ関税同盟」を結んで関係を強化していました。そしてドイツ連邦解体後、プロイセン王国はドイツ統一の手始めとして1867年にドイツ関税同盟と連合する連邦国家「北ドイツ連邦」を成立させました。

北ドイツ連邦の構成国は以下の通りです。

<王国>
プロイセン王国
ザクセン王国

<大公国>
メクレンブルク=シュヴェリン大公国
ザクセン=ヴァイマル大公国
メクレンブルク=シュトレーリッツ大公国
オルデンブルク大公国
ヘッセン大公国(現ヘッセン州のマイン川以北領地)

<公国>
ブラウンシュヴァイク公国
ザクセン=マイニンゲン公国
ザクセン=アルテンブルク公国
ザクセン=コーブルク=ゴータ公国
アンハルト公国

<侯国>
シュワルツブルク=ルードルシュタット侯国
シュワルツブルク=ゾンデルスハウゼン侯国
リッペ侯国
ロイス侯国(兄系)
ロイス侯国(弟系)

<自由都市>
リューベック市
ブレーメン市
ハンブルグ市

北ドイツ連邦の構成国はそれぞれ主権を持ってはいましたが、プロイセン王国だけで北ドイツ連邦の国土・人口の8割以上を占めていたため、実質プロイセン王国とその属国の連合体という状態だったと言われております。

また、上記の構成国を見るとわかると思いますが、バイエルン王国を中心とするドイツ南部諸邦はこの同盟に加わっていません。ドイツ南部諸邦は反プロイセン王国、親オーストリア帝国の気風があったためと言われております。

なお、プロイセン王国はその後北ドイツ連邦を母体にしてドイツ統一を進め、1871年に「ドイツ帝国」を成立させました。

<公爵の独り言>
ドイツの歴史は複雑ですね・・・。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/06/24(土) 16:15:56|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
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ドイツ連邦

ドイツ(ドイツ連邦共和国)にはかつて多くの君主国(領邦)が存在し、それを纏める為に国家連合を作ってきました。古くは「神聖ローマ帝国」として纏まっていました。しかし神聖ローマ帝国はフランス皇帝ナポレオン一世によって解体され、今度はフランスを盟主とする「ライン同盟」という国家連合で纏まりました。しかしフランス皇帝ナポレオン一世失脚するとライン同盟は解体されてしまいました。そこで新しく作られた国家連合が「ドイツ連邦」です。

ドイツ連邦」は、1815年6月8日、「ウィーン会議」においてオーストリア帝国を盟主として作られたドイツの国家連合です。旧神聖ローマ帝国の諸侯国と自由都市によって構成されていました。主権国家同士の連合体なので、「ドイツ同盟」と呼ばれることもあります。

ドイツ連邦の構成国は以下の通りです。

<帝国>
オーストリア帝国

<王国>
プロイセン王国
ザクセン王国
バイエルン王国
ハノーファー王国
ヴュルテンベルク王国

<選帝侯国>
ヘッセン=カッセル選帝侯国

<大公国>
バーデン大公国
ヘッセン=ダルムシュタット大公国
ルクセンブルク大公国
メクレンブルク=シュヴェリン大公国
ザクセン=ヴァイマル大公国
メクレンブルク=シュトレーリッツ大公国
オルデンブルク大公国

<公国>
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国
ブラウンシュヴァイク公国
ナッサウ公国
ザクセン=ゴータ公国
ザクセン=コーブルク公国
ザクセン=マイニンゲン公国
ザクセン=ヒルトブルクハウゼン公国
アンハルト=デッサウ公国
アンハルト=ベルンブルク公国
アンハルト=ケーテン公国

<自由都市>
リューベック
フランクフルト・アム・マイン
ブレーメン
ハンブルク

こうしてドイツは再び「ドイツ連邦」として纏まったかに見えましたが、ドイツ連邦の盟主であるオーストリア帝国とプロイセン王国がドイツ統一の在り方を巡って対立するようになり、1866年、普墺戦争が勃発。この戦争でオーストリア帝国はプロイセン王国に敗北し、勝利したプロイセン王国がドイツ統一の主導権を握り、オーストリア帝国が盟主であった「ドイツ連邦」は解体されました。

なお、翌1867年にはプロイセン王国を中心とした国家連合「北ドイツ連邦」が作られ、後の「ドイツ帝国」の母体となりました。

<公爵の独り言>
ドイツの歴史は複雑ですね・・・。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/06/24(土) 14:51:22|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
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ライン同盟

ライン同盟」とは、19世紀のドイツ(当時の神聖ローマ帝国)に存在した国家連合です。19世紀初頭、神聖ローマ帝国はフランス皇帝ナポレオン一世の侵攻を受け、名目だけの存在となっていました。そして神聖ローマ帝国に侵攻したフランス皇帝ナポレオン一世は、1806年7月25日、神聖ローマ帝国内の諸侯を神聖ローマ帝国から離脱させ、フランスと同盟を組ませました。これがライン同盟です。

ライン同盟の構成国は以下の通りです。

<王国>
バイエルン王国
ヴュルテンベルク王国
ザクセン王国
ヴェストファーレン王国

<大公国>
バーデン大公国
ベルク大公国
ヘッセン=ダルムシュタット大公国
ヴュルツブルク大公国

<公国>
アレンベルク公国
ナッサウ公国
アンハルト=デッサウ公国
アンハルト=ベルンブルク公国
アンハルト=ケーテン公国
メクレンブルク=シュヴェリン公国
メクレンブルク=シュトレーリッツ公国
オルテンブルク公国
ザクセン=コーブルク公国
ザクセン=ゴータ公国
ザクセン=ヒルトブルクハウゼン公国
ザクセン=マイニンゲン公国
ザクセン=ヴァイマル公国

<侯国>
ホーエンツォレルン=ヘッヒンゲン侯国
ホーエンツォレルン=シグマリンゲン侯国
イゼンブルク=ビルシュテイン侯国
ライエン侯国
リヒテンシュタイン侯国
ザルム侯国
リッペ=デトモルト侯国
ロイス=エベルスドルフ侯国
ロイス=グライツ侯国
ロイス=ローベンシュタイン侯国
シャウムブルク=リッペ侯国
シュワルツブルク=ルードルシュタット侯国
シュワルツブルク=ゾンデルスハウゼン侯国
ヴァルデック侯国

<大司教領>
マインツ大司教領

ライン同盟はフランス皇帝ナポレオン一世を盟主とし、大司教ダルベルクを総裁としたフランス主導の同盟でした。ですので、ライン同盟は「同盟」と言いつつ実態はフランスの属国に近い状態だったと言われております。そしてライン同盟成立後、神聖ローマ皇帝フランツ二世(オーストリア皇帝フランツ一世)は退位し、神聖ローマ帝国は完全に解体されました。

なお、ライン同盟は、1813年の「ライプツィヒの戦い」においてフランス皇帝ナポレオン一世が敗退すると解体されました。ライン同盟解体後の、ドイツ(旧神聖ローマ帝国構成国)は、オーストリア帝国を盟主とする「ドイツ連邦」、「ドイツ連邦」解体後は、プロイセン王国を盟主とする「北ドイツ連邦」を経て、「ドイツ帝国」へと統一されていくことになります。

<公爵の独り言>
ドイツの歴史は複雑ですね・・・。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/06/24(土) 10:36:01|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
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広い日本海

最近、北朝鮮の弾道ミサイル「テポドン2」が世間を騒がせている。北朝鮮の新型弾道ミサイル「テポドン2」の射程距離は6,000km以上と言われ、グアムやアラスカなどアメリカ合衆国の領域まで到達すると言われている。

もし北朝鮮が弾道ミサイル「テポドン2」を発射した場合、核弾頭を搭載しているかどうかに関わらず、アメリカは戦略原潜(核ミサイル搭載原子力潜水艦)や大陸間弾道ミサイル(ICBM)を使って報復攻撃をする可能性がある。

もしそうなったら、北朝鮮は壊滅し、韓国は朝鮮半島の突端と言う「陸の孤島」から本当の孤島になるかも知れない。また、韓国が北朝鮮の味方をしてアメリカを攻撃すれば、韓国もアメリカの報復攻撃を受け、朝鮮半島全域が「日本海」になるかも知れない。

・・・なーんて、ありえない妄想を膨らませるが、本当に実現しそうな気もする。広い日本海もイイかも知れない。これからの展開にちょっと期待。

テーマ:特定アジアと日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2006/06/22(木) 21:32:25|
  2. 愛国・憂国・国際情勢
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DION月月倶楽部当選!

今日仕事から帰って来ると、自宅のポストに宅急便の不在通知がありました。差出人は全く心当たりのない「DMS」。一体誰だろうと思いながら宅急便に連絡して自宅に荷物を届けて貰うと、なんと「DION 月月倶楽部」の当選商品でした。

DION 月月倶楽部
http://www.dion.ne.jp/tsukitsuki/

今回の商品は「ドイツグルメセット」。FIFA ワールドカップ 2006 ドイツ大会が開催されている現在、ドイツの気分を味わうのにちょうど良い感じです。発送タイミングもグッドですね。セット内容は以下の通りでした。

・鴨のパテの缶詰 1個
・ソーセージの瓶詰 2個
・きゅうりのピクルスの瓶詰 1個
・キャベツのワイン漬けの缶詰 1個
・マスタードの瓶詰 1個


あとドイツワインかドイツビールでも用意すれば、もう気分はドイツですね。これは楽しめそうです。なお、私のDION 月月倶楽部当選は2回目です。今までの当選実績は以下の通りです。

・2005年12月分
 スモークサーモンと生ハムのセット
・2006年05月分
 ドイツグルメセット

なんか食べ物ばかりですね(笑)。時々個人情報を流失させますけど、DIONも良いところありますね(笑)。皆様もいかがですか?

<公爵の独り言>
もしかしてKDDI個人情報流出事件のお詫びかな?

テーマ:インターネットサービス - ジャンル:コンピュータ

  1. 2006/06/22(木) 20:14:40|
  2. 非公式談話
  3. | トラックバック:0
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ウォーキングのお供

私は昨夜からウォーキング(ジョギングからウォーキングにトーンダウン・・・)を始めましたが、ウォーキングのお供として使用している時計は、セイコーダイバーズ逆輸入モデルです。

SEIKO(セイコー)SEIKO(セイコー)SEIKO(セイコー)SEIKO(セイコー)
SEIKO(日本)
ダイバーズ逆輸入モデル(自動巻き)
平成11年(1999)8月20日購入

回転ベゼルの矢印(12時位置の逆三角形)をウォーキング開始時刻の分針に合わせることによって、経過時間をチェック出来ます。私は往路30分、復路30分、合計1時間のウォーキングをするようにしているので、回転ベゼル付きの時計は重宝します。大振りの夜光インデックスで夜でも視認性が良く、100m防水なので、汗をかいても水洗いしても平気です。またなんと言っても、リーズナブルな価格なので、惜しげ無く使えるところがイイですね。

今日もこれからウォーキングに行ってきます。

<公爵の独り言>
ROLEX GMT MASTERのパチモノではありません(笑)。

テーマ:腕時計 - ジャンル:ファッション・ブランド

  1. 2006/06/21(水) 21:45:34|
  2. 時計
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ウォーキング

今日、早速ジョギングをしました。途中からウォーキングになってしまいましたが・・・orz。恐ろしく体力が低下しています。当初はジョギング後に腕立て伏せをしようと考えていましたが、

走るために腕を振っただけで腕が痛くなってしまいました!

腕立て伏せどころではありません。明日は手が震えそうです。これはとてもマズイ状態です。君主たる者、いざという時には自ら甲冑を身に纏い、先頭に立って戦わなければなりません。しかし私の体は、

甲冑ではなく脂肪を纏ってしまったようです!

今までの怠惰な日々を大いに反省しました。結局今日の運動はウォーキングを1時間45分して終わりにしました。今後の計画としてましては、急に激しい運動をすると体に支障を来すかも知れませんので、暫くは毎日1時間のウォーキングで体を慣らして行こうと思います。連続30分以上体を動かすと脂肪の燃焼が6時間近くが続くと言われていますので、これだけでもなまった体には効果があるでしょう。

テーマ:ダイエット!ダイエット!ダイエット! - ジャンル:ヘルス・ダイエット

  1. 2006/06/20(火) 23:56:39|
  2. 健康管理
  3. | トラックバック:6
  4. | コメント:0

ジョギング

最近、体重が少し増えてきました。

現在の体重は89kg。

近頃、通勤するだけでもかなり汗をかいてしまいます。また、いくら身長が180cmあるとは言え、30歳を肥えて越えてこの体重では健康面の問題も発生します。これはちょっとマズイです・・・。と言う訳で、健康増進の為にこれから毎日ジョギングをすることにしました。あと、ジョギングの後に、

・スクワット
・腕立て伏せ
・腹筋
・背筋


も実施する予定です。これで少しはスリム&健康になると良いのですが・・・。私が過去5年間に渡りExcelに入力した情報によると、過去5年間における最高体重は94.5kg、最低体重は85.0kg、平均体重は89.0kg。とりあえず、

目標体重は70kg。

今年中に80kgアンダーになるように頑張りたいと思います。80kgアンダーになったら、ちょっとはイイ男になるかな?(笑) では、そうなることを期待して、早速ジョギングに行ってきます。

<公爵の独り言>
皇太子殿下もジョギングをして体力維持に励まれているようですし、三日坊主にならないように私も頑張ろうと思います。

テーマ:ダイエット!ダイエット!ダイエット! - ジャンル:ヘルス・ダイエット

  1. 2006/06/20(火) 21:24:09|
  2. 健康管理
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

糠床メンテナンス(20060619)

最近糠床の量が増えすぎたので、糠床のバックアップを取得しました。

糠床のバックアップとは、万一糠床がダメになった場合に、糠床を再生するタネにする糠床です。まず、以前取得した糠床のバックアップを廃棄し、それから現在の糠床の一部を取り分けてタッパーに入れ、冷凍庫へ入れます。糠床は冷凍しても大丈夫と言われているので、いざという時にはこれを解凍して新しい糠床を作ることになります。備えあれば憂い無し。転ばぬ先の杖。これさえあれば、いつ糠床をダメにしても大丈夫です(笑)。

なお、幸いにも現在に至るまでバックアップを使って糠床を再生する事態は発生していません。従って、本当にバックアップから糠床が再生出来るかどうかは不明です(オイオイ)。これじゃマズイので、月末にバックアップからのリカバリ試験を実施する予定です。

<公爵の独り言>
とりあえず、糠床の量はちょうど良い量になりました。
バックアップからのリカバリ、上手く行くと良いのですが・・・。

テーマ:自作料理 - ジャンル:グルメ

  1. 2006/06/19(月) 22:44:03|
  2. 糠漬け
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欧州王侯貴族の情報サイト

欧州王侯貴族の情報サイトを見つけたので紹介します。
(トップページの画像が多いので表示に時間が掛かります)

Royal Press Europe
http://www.royalpress.nl/

なお、このサイトは文字通り「欧州」の王侯貴族を掲載しているサイトですが、よく見ると天皇皇后両陛下を始め、皇族方の写真も掲載されています。

2005年4月17日~19日
オランダ王国皇太子同妃両殿下の愛知万博ご訪問
http://www.royalpress.nl/japan.html

2005年5月10日~11日
天皇皇后両陛下のノルウェー王国ご訪問
http://www.royalpress.nl/japan2.html

特に天皇皇后両陛下のノルウェー王国ご訪問の写真は、その歓待ぶりが見て取れて凄いと思います。世界中で歓迎される皇族方。こうして見ると、皇室の存在の大きさが感じられますね。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/06/18(日) 00:04:15|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:2

左警戒右見張れ!

大日本帝国海軍には「左警戒右見張れ!」と言う標語があります。これは一方だけを注目することなく、全体を見よと言うことです。

どういうことかと言いますと、例えば艦の左舷方向に敵艦を発見した場合、全員がそこに注目してしまうと、右舷から接近した敵艦に気付かず、対応が遅れて撃沈される可能性があります。また、艦の上空に敵航空機が飛来し、対空見張りおよび対空戦闘にのみ注力してしまうと、海上の見張りがおろそかになり、忍び寄った敵潜水艦の餌食にされる可能性があります。

一方に注目が集まる時こそ、全体に注意を払えと言うことです。

手品などでも、あからさまにある部分に注目を集めておいて、別の部分で仕込みをします。また、政治の世界でも、ある問題に注目を集めておいて、その裏で国民に重大な影響のある法案を可決していたりします。この記事を書いている2006年6月17日も、サッカーワールドカップ2006ドイツ大会に注目が集まる一方、北朝鮮による弾道ミサイル「テポドン2」の発射兆候ありというニュースが流れております。

一方が注目されている時こそ、逆の方向も確認する。一方に偏ることなく、全体を俯瞰する。帝国海軍の偉大な先人が遺してくれた言葉を大切にしたいと思います。

<公爵の独り言>
ネイヴァルランド公国に掲載した記事ですが、良い言葉なので転載しました。
左翼に警戒しつつ右翼を見張れという意味ではありません(笑)。

テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

  1. 2006/06/17(土) 16:54:44|
  2. 愛国・憂国・国際情勢
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糠漬けフルコース(笑)

昨夜漬けた糠漬けを今日の夜食に食べました。本当は今日の朝食べる予定だったのですが、朝、時間がなかったので・・・。今宵の糠漬けのラインナップは以下の通り。

きゅうり
長芋
・茗荷
・らっきょう(←これは6月4日に漬けた物)


糠漬けのフルコースと言った感じです(笑)。

さて、丸1日漬けた糠漬けを食べてみた感想ですが、きゅうりは予想通りやや漬かり過ぎ。長芋はちょうど良い位。茗荷はまだまだ薄味。らっきょうは6月4日に漬けた物ですが、なかなか良い味わいです。

先程、糠床から野菜を取り出して糠床をかき混ぜた後、足し糠と生米を投入しました。夜中にもう一度かき混ぜる予定です。

<公爵の独り言>
王侯貴族の話題をメインに扱うブログなのに、最近は糠味噌臭い話題ばかりですね(笑)。

テーマ:我が家の晩御飯 - ジャンル:グルメ

  1. 2006/06/15(木) 20:24:39|
  2. 糠漬け
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  4. | コメント:5

長芋・きゅうり・茗荷

昨日漬けた大根、先程夕食に食しましたが、辛くもなくしょっぱくもなく、ちょうど良い感じに仕上がりました。しかし明日まで漬けると漬かりすぎになりそうなので、全て食べきりました。

さて、この大根の味に気を良くして、今日は長芋(15cm×2)、きゅうり(×2)、茗荷(×3)を漬けました。一番漬かりにくそうな長芋は糠床の一番下に、その上にきゅうり、その上に茗荷を漬けました。今日の夜中にはきゅうりが食べられそうです(1本つまみぐい・・・もとい味見する予定)。明日の朝には全ての糠漬けが食用可能な状態になることでしょう。明日の朝が楽しみです。

<公爵の独り言>
明日の朝は糠漬けのフルコースになりそうです。

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  1. 2006/06/14(水) 21:02:45|
  2. 糠漬け
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大根の糠漬け

昨日の夕方、近くのコンビニで大根を購入。縦に二等分して糠床に漬けました。その後、約5時間程経った頃に取り出して試食。まだ瑞々しさの残る大根。辛味が程よく薄れ、ほんのりと糠漬けの風味が付いている状態。なかなか良い感じです。明日の朝にはもう少し糠漬けの風味が付いて、ちょうど良い位になることでしょう。明日の朝が楽しみです。

ここ数年、私の食の好みが変わり、肉よりも魚や野菜、濃い味付けよりも薄い味付けを好むようになってきました。そんな私にとって、一晩で程よい味付けの漬け物が出来る糠床は大変重宝します。糠漬けという食文化を遺してくれた先人に感謝です。

<公爵の独り言>
今の時期は速く漬かるので、6時間もあればイイ味に漬かります。

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  1. 2006/06/14(水) 02:14:04|
  2. 糠漬け
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タイ国王在位60周年

タイ王国のプミポン・アドゥンヤデート(ラーマ9世)国王陛下は今年即位60周年を迎えられました。現存する君主としては最長の在位期間となります。タイ王国では6月8日から在位60周年を祝う記念式典が始まり、我が日本の天皇皇后両陛下を始め、世界25ヶ国の王室・皇室関係者が招待され、参列しております。

これについて、関係するニュースをいくつかご紹介致します。

Yahoo!ニュース 6月9日(金)8時3分
【タイ】王宮で記念式典始まる、国王即位60周年
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060609-00000010-nna-int
 プミポン国王即位60周年の記念式典が8日、本格的に始まった。12日の最大イベント、御座船行列(ロイヤルバージ)には、天皇、皇后両陛下を含め25カ国の王室・皇室関係者が出席する。政府は即位日の9日から13日を5連休とし、国民の参加を呼び掛ける一方、交通規制や警備体制を強化している。

 国王とシリキット王妃ら王族は8日午後5時、王宮内のアマリン・ウィニッチャイ・ホールで仏教式典に出席した。国王と王妃は線香やろうそくに火をともし、国王が僧侶26人に袈裟(けさ)やうちわなどを寄進。現チャクリー王朝の歴代国王への敬意を示した。

 9日は午前10時から王宮近くの旧国会議事堂(アナンタ・サマコム・スローン・ホール)で仏教式典が行われ、国王が国民に対し演説する予定。夕方は王宮前広場でろうそく点火式典が開かれ、盛大に花火が打ち上げられる。御座船行列は12日午後5時半からチャオプラヤー川で行われ、52隻が華麗なパレードを披露。13日夜には国王と国賓の晩さん会が開かれる。

 プミポン国王は1927年に米国で生まれ、チャクリー王朝9代目の国王(ラマ9世)として1946年に即位。在位期間は歴代国王で最も長く、存命中の世界の君主の中でも最長。50年代初頭に王室プロジェクトを開始、地方の農村振興などに取り組み、国民の敬意と信望を集めている。50年にシリキット王妃と結婚し、ワチラロンコン皇太子ら1男3女をもうけた。

■両陛下も11日来タイ

 記念式典に招待された王室・皇室関係者も続々と来タイしている。7日には英国のアンドリュー王子(ヨーク公爵)が最初の国賓として到着した。天皇、皇后両陛下も11日午後に到着され、15日まで滞在される予定。スペイン、スウェーデン、クウェート、モロッコ、マレーシアなど25カ国から国賓が来タイし、御座船行列や晩さん会に出席する。

 天皇・皇后両陛下の公式訪問は1964年に続いて2回目となる。来タイに先立ち、シンガポール、マレーシア訪問のため、東京を8日に出発された。シンガポールには8~10日、マレーシアには10~11日に滞在される予定。タイでは記念式典の後、中部アユタヤ県のワット・マハタート遺跡などを見学される。

■交通規制、警備を強化

 記念式典の円滑な進行と警備強化のため、交通警察は8~13日にバンコク都内の道路で大規模な交通規制を実施している。王宮周辺を中心に駐車禁止や通行止めの措置を取り、10輪以上の大型車両は原則的に都内の乗り入れ禁止。国賓が宿泊されるホテルや空港、記念式典の会場周辺では厳重な警戒体制が敷かれている。

 タイ航空は7日、バンコク国際空港(ドンムアン空港)の国際・国内線を9~15日に利用する乗客に対し、離陸時間の4時間前に都心部を出発して空港に向かうよう求める声明を発表した。警備体制の強化や空港付近の交通規制などで、自動車の所要時間が通常の2倍以上かかる可能性があるとみて注意を呼び掛けている。
Yahoo!ニュース 6月9日(金)13時1分
タイ国王即位から60年=世界最長、祝賀ムード一色
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060609-00000063-jij-int
 【バンコク9日時事】タイのプミポン国王(78)は9日、国王に即位してから60周年を迎えた。在位期間は、英国のエリザベス女王らを上回り、世界の現役君主の中で最長。国王はこの日午前、バンコク市内の旧国会議事堂(アナンタ・サマーコム宮殿)で、仏教儀式などを行った。同議事堂周辺には約20万人が集まり、国旗などを振って国王を祝った。同日夜には王宮前広場に多くの国民が集まり、ろうそくに灯をともして祝う予定で、タイは祝賀ムードに包まれている。
Yahoo!ニュース 6月9日(金)18時28分
タイ国王が在位60年 世界最長、国は祝賀ムード
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060609-00000200-kyodo-int
 【バンコク9日共同】タイのプミポン国王(78)が9日、在位60周年を迎え、バンコクの旧国会議事堂で慶祝式典が行われた。在位中の各国王族、皇族の中で最長の在位期間。数十万人が各地から式典に集まり、同国は祝賀ムードに包まれている。
 12、13両日には世界25カ国から王族、皇族を招いて祝賀行事を開催。日本から天皇、皇后両陛下が出席される。
 プミポン国王は式典で「皆の祝福に感謝する。結束した国民の姿を見ることができ、感動している」と語った。これに先立ち、タクシン首相が「60年の在位中、タイは国王の英知と献身によって発展することができた」と祝辞を述べた。
 国王は1946年、兄王ラマ8世の死去で王位を継承。農村振興や福祉事業など多くの王室プロジェクトを実施し、国民の敬愛を集めている。
Yahoo!ニュース 6月9日(金)19時58分
<タイ国王>即位60年周年を迎え祝賀行事
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060609-00000105-mai-int
 【バンコク浦松丈二】タイのプミポン国王(78)が9日、即位60周年を迎えた。タイ王朝史上も、世界の現役君主としても最長の在位期間。一連の祝賀行事には、11日からタイを訪問する天皇、皇后両陛下を含め世界25カ国の王族・皇族が臨席し、親善交流が繰り広げられる。
 バンコクのアナンタ・サマコム宮殿前広場には9日、市民50万人以上が集まり、王室旗を振って国王を祝福した。プミポン国王は宮殿バルコニーから「みなの純粋な好意の表現に接し、圧倒されている」と述べ、市民をねぎらった。
 12日にはチャオプラヤ川できらびやかに飾られた52隻の船団が王朝絵巻を演出するパレードが行われ、各国王族らが鑑賞する。
 プミポン国王は兄ラマ8世の死去に伴い18歳で即位。農地改良などを通じて国民生活の向上に尽力し、政治危機でも指導力を発揮してきた。
 タクシン首相に対する辞任要求運動が高まった2月以来の政治混乱でも、4月末の国王訓示を機に裁判所が総選挙やり直しを決定し、正常化に向けた取り組みが動き出した。だが、やり直し選挙の主導権争いで裁判所と選管が対立、選挙不正を巡り与野党が告発合戦を繰り広げ、混乱収拾の見通しはつかないままだ。
 祝賀行事の間、政治対立は「小休止」の状態だ。しかし、退任表明しながら公務に復帰したタクシン首相の「復権」を警戒して市民団体はデモを再開する構えも見せている。祝賀行事が一段落する来週後半から裁判所を中心に正常化に向けた動きが再開するが、政治対立が再燃して混乱が長引けば国王の威厳が傷つく可能性もある。
Yahoo!ニュース 6月9日(金)20時55分
タイのプミポン国王が即位60周年、在位は世界最長
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060609-00000113-yom-int
 【バンコク=林田裕章】タイのプミポン国王は9日、即位60周年を迎えた。在位期間は世界の君主の中で最長となる。

 バンコクの王室広場前は約50万人(バンコク・ポスト紙)の市民で埋め尽くされ、タイ国旗の波の中、「国王万歳」の歓声が続いた。

 アナンダ・サムコム宮殿(旧国会議事堂)のバルコニーに姿を見せたプミポン国王は、「大いなる祝福に感謝したい。みんなの善意と団結の心が、改めて私に強い意志をもたらしてくれた。国民の愛と協調があれば、この国は困難に遭っても繁栄する。愛と協調の精神をはぐくみ、明日の世代に引き継いでもらいたい。そうすればタイは平和であり続けるだろう」と述べた。
Yahoo!ニュース 6月9日(金)23時1分
ろうそくともし国王祝福=即位60周年、王宮前広場で-タイ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060609-00000161-jij-int
 【バンコク9日時事】タイのプミポン国王(78)の即位60周年を祝い、首都バンコクの王宮前広場では9日夜、ろうそく点灯式などが行われた。式典には多くの国民が参加。ろうそくに火をともし、現役君主としては世界最長となる国王在位を祝った。
 王宮前広場には、国王が誕生した月曜日の色である黄色の服を着た人が次々に集結。タクシン首相が巨大な黄色のろうそくに点火すると、広場を埋めた人々も手にしたろうそくに明かりをともした。バンコク市内の公園などでも、同様の点灯式が同時に行われた。
Yahoo!ニュース 6月10日(土)3時19分
プミポン国王在位60年 タイ国民25万人祝福
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060610-00000003-san-int
 【バンコク=岩田智雄】タイのプミポン国王(78)は9日、在位60年を迎え、バンコクの旧国会議事堂(アナンタ・サマーコム宮殿)のバルコニーから国民に向けて演説を行った。
 大衆の前でプミポン国王が直接演説をする機会はまれであり、国王に敬意を示す黄色いシャツに身を包んだ約25万人の市民がバルコニー前に集まった。
 プミポン国王が「国家の繁栄のためには、すべての国民が一致団結することが基礎となる」と述べ、立ち上がって王妃とともに手を振ると、市民から「国王に長寿あれ」と声があがり、感動して涙をふく姿もみられた。
 タイでは13日までの間、25カ国の国王や王室、皇室関係者を迎えての記念式典や、華やかな御座船行列が行われ、祝賀ムードに包まれる。
 プミポン国王は1927年12月に米国で生まれ、46年6月、兄の前国王の急死を受けて、18歳でチャクリ王朝第9代国王(ラマ9世)に即位した。君主としては現在、世界最長の在位期間を誇っており、国民から深い敬愛を集めている。
Yahoo!ニュース 6月11日(日)17時1分
両陛下、タイに到着=12日、国王慶祝儀式に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060611-00000045-jij-int
 【バンコク11日時事】東南アジア訪問中の天皇、皇后両陛下は11日午後、政府専用機で最後の訪問国となるタイのドンムアン空港に到着された。
 ワチラロンコン皇太子から歓迎のあいさつを受けた後、宿舎となるバンコク市内のホテルへ。日本人学校の子供たちが日の丸の小旗を振って出迎えた。
 両陛下は12日、タイ国王の慶祝儀式のほか、王室船のパレードを鑑賞。13日以降はチュラロンコン大学訪問、古都アユタヤの遺跡見学などが予定されている。
Yahoo!ニュース 6月12日(月)19時39分
<タイ>国王即位60周年の記念式典が開幕
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060612-00000102-mai-int
 タイのプミポン国王(78)の即位60周年を祝う記念式典が12日、世界25カ国の王室・皇室を招きバンコクで開幕した。1946年6月、兄の急死に伴い「ラマ9世」として即位したプミポン国王は、13世紀以降のタイの王朝史上、最長の在位期間を務めており、歴代国王の中でも特に国民の深い敬愛を集めている。
Yahoo!ニュース 6月12日(月)21時48分
タイ国王即位60周年を祝い、王室船52隻がパレード
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060612-00000214-yom-int
 【バンコク=太田誠】タイのプミポン・アドンヤデート国王(78)の即位60周年を祝う王室御座船パレードが12日夕、バンコク市内を流れるチャオプラヤ川で行われ、一連の祝賀行事はクライマックスを迎えた。

 14世紀のアユタヤ朝初期に起源を持つとされるパレードでは、神々や動物をかたどった船首を持つものなど王室の船52隻が、バンコクのアナンダ・サマコム宮殿近くからワット・アルン(暁の寺)付近まで、約4キロを約40分かけて進んだ。プミポン国王や天皇・皇后両陛下ら来賓が左岸から観覧する中、伝統装束に身を包んだ約2100人の海軍兵士が、一糸乱れぬ櫂(かい)さばきを披露した。

 これに先立ち、アナンダ・サマコム宮殿で祝賀式典が行われた。両陛下を含む25か国の王族らから、即位60周年の祝福を受けたプミポン国王は、「長年に渡って私の活動に協力し支えてくれた人々に感謝したい」と述べた。
なんだか凄く盛り上がっていますね。私も遠く日本から、プミポン・アドゥンヤデート国王陛下のご健康と、タイ王国の益々のご発展を祈っております。

外務省ホームページ 各国・地域情勢 タイ王国
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/thailand/index.html

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  1. 2006/06/13(火) 01:16:37|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
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日中記者交換協定

ここ数年、日本と中国の間で様々な問題が発生しています。

・靖国神社参拝問題
・反日デモ
・大使館破壊
・領事館車両破壊
・大使館員自殺
・東シナ海ガス田問題
・尖閣諸島領有問題
・沖ノ鳥島問題
・中国潜水艦領海侵犯問題
・歴史問題
・旧日本軍遺棄化学兵器問題
・中国人密入国
・中国人不法滞在
・中国人犯罪


すぐ思い当たる物だけでもこれだけあります。しかしこれだけ問題がありながら、何故か日本のマスコミは中国を強く糾弾する報道をすることができません。なんか変だと思いませんか? 実は、日本と中国の間には「日中記者交換協定」という協定があります。この協定のために日本のマスコミは中国に不利な報道ができないのです。「日中記者交換協定」とは一体何なのか? インターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」から「日中記者交換協定」に関するトピックを転載させて頂きます。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日中記者交換協定
日中記者交換協定(にっちゅうきしゃこうかんきょうてい)は、日本と中国の間で取り交わされた、日中双方の記者を相互に常駐させる取り決めのこと。

1964年の協定

1964年4月19日、当時LT貿易を扱っていた高碕達之助事務所と廖承志事務所は、その会談において、日中双方の新聞記者交換と、貿易連絡所の相互設置に関する事項を取り決めた。会談の代表者は、松村謙三・衆議院議員と廖承志・中日友好協会会長。この会談には、日本側から竹山祐太郎、岡崎嘉平太、古井喜実、大久保任晴が参加し、中国側から孫平化、王暁雲が参加した。記者交換に関する取り決めの内容は次の通り。

一 廖承志氏と松村謙三氏との会談の結果にもとづき、日中双方は新聞記者の交換を決定した。
二 記者交換に関する具体的な事務は、入国手続きを含めて廖承志事務所と高碕事務所を窓口として連絡し、処理する。
三 交換する新聞記者の人数は、それぞれ八人以内とし、一新聞社または通信社、放送局、テレビ局につき、一人の記者を派遣することを原則とする。必要な場合、双方は、各自の状況にもとづき、八人の枠の中で適切な訂正を加えることができる。
四 第一回の新聞記者の派遣は、一九六四年六月末に実現することをめどとする。
五 双方は、同時に新聞記者を交換する。
六 双方の新聞記者の相手国における一回の滞在期間は、一年以内とする。
七 双方は、相手方新聞記者の安全を保護するものとする。
八 双方は、相手側新聞記者の取材活動に便宜を与えるものとする。
九 双方の記者は駐在国の外国新聞記者に対する管理規定を順守するとともに、駐在国が外国新聞記者に与えるのと同じ待遇を受けるものとする。
十 双方は、相手側新聞記者の通信の自由を保障する。
十一 双方が本取り決めを実施する中で問題に出あった場合、廖承志事務所と高碕事務所が話し合いによって解決する。
十二 本会談メモは、中国文と日本文によって作成され、両国文は同等の効力をもつものとする。廖承志事務所と高碕事務所は、それぞれ中国文と日本文の本会談メモを一部ずつ保有する。

付属文書

かねて周首相と松村氏との間に意見一致をみた両国友好親善に関する基本五原則、すなわち両国は政治の体制を異にするけれども互いに相手の立ち場を尊重して、相侵さないという原則を松村・廖承志会談において確認し、この原則のもとに記者交換を行なうものである。

1968年の修正

1968年3月6日、「日中覚書貿易会談コミュニケ」(日本日中覚書貿易事務所代表・中国中日備忘録貿易弁事処代表の会談コミュニケ)が発表され、LT貿易に替わり覚書貿易が制度化された。この会談は、同年2月8日から3月6日までの間、松村謙三が派遣した日本日中覚書貿易事務所代表の古井喜実、岡崎嘉平太、田川誠一と中国中日備忘録貿易弁事処代表の劉希文、王暁雲、孫平化により、北京で行われた。コミュニケの内容は、次の通り。

 双方は、日中両国は近隣であり、両国国民の間には伝統的な友情があると考え、日中両国国民の友好関係を増進し、両国関係の正常化を促進することは、日中両国国民の共通の願望にかなっているばかりでなく、アジアと世界の平和を守ることにも有益であると認めた。
 中国側は、われわれの間の関係を含む中日関係に存在する障害は、アメリカ帝国主義と日本当局の推し進めている中国敵視政策によってもたらされたものであると指摘した。
 日本側は、中国側の立場に対して深い理解を示し、今後このような障害を排除し、日中関係の正常化を促進するために更に努力をはらうことを表明した。
 中国側は、中日関係における政治三原則と政治経済不可分の原則を堅持することを重ねて強調した。日本側は、これに同意した。双方は、政治経済不可分の原則とは、政治と経済は切りはなすことが出来ず、互いに関連し、促進しあうものであり、政治関係の改善こそ経済関係の発展に役立つものであるとの考えであることを認めた。
 双方は、政治三原則と政治経済不可分の原則は、日中関係において遵守されるべき原則であり、われわれの間の関係における政治的基礎であると一致して確認し、上記の原則を遵守し、この政治的基礎を確保するためにひとつづき努力をはらう旨の決意を表明した。
 双方は、一九六八年度覚書貿易事項について取りきめを行なった。

また、同日、先に交わされた記者交換に関する取り決めの修正も合意された。修正内容は次の通り。

 一 双方は、記者交換に関するメモにもとづいて行われた新聞記者の相互交換は双方が一九六八年三月六日に発表した会談コミュニケに示された原則を遵守し、日中両国民の相互理解と友好関係の増進に役立つべきものであると一致して確認した。

 二 双方は、記者交換に関する第三項に規定されている新聞記者交換の人数をそれぞれ八名以内からそれぞれ五名以内に改めることに一致して同意した。

 三 この取りきめ事項は記者交換に関するメモに対する補足と修正条項となるものとし、同等の効力を有する。

 四 この取りきめ事項は日本文、中国文によって作成され、両国文同等の効力を有する。日本日中覚書貿易事務所と中国中日備忘録貿易弁事処はそれぞれ日本文、中国文の本取りきめ事項を一部ずつ保有する。

この修正内容のうち、「会談コミュニケに示された原則」とは、会談コミュニケの中の「政治三原則と政治経済不可分の原則」を指す。「政治三原則」とは、1958年8月に訪中した社会党の佐多忠隆・参議院議員に対し、廖承志(当時、全国人民代表大会常務委員会委員)が周恩来・総理、陳毅・外交部長の代理として示した公式見解以来、中国側がたびたび主張してきた日中間の外交原則である。1960年8月27日に発表された「周恩来中国首相の対日貿易3原則に関する談話」によれば、「政治三原則」とは次のような内容である。

(前略)これまでわれわれがのべてきた政治三原則を堅持するもので三原則は決して日本政府に対する過酷な要求ではなく、非常に公正なものである。すなわち、第一に、日本政府は中国を敵視してはならないことである。なぜなら、中国政府は決して日本を敵視していないし、さらに、日本の存在を認めており、日本人民の発展をみてよろこんでいるからである。もし双方が話し合いをすすめるとすれば、当然日本政府を相手方とするものである。だが、日本政府は中国に対しこのような態度では臨んでいない。かれらは新中国の存在を認めず、これとは逆に、新中国を敵視し、台湾を承認し、台湾が中国を代表するとのべている。また日本政府は新中国政府を会談の相手方にしようとはしていない。第二は米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しないことである。米国で今後大統領が民主党から当選するにせよ、また共和党から当選するにせよ、すべて「二つの中国」をつくることをたくらむであろう。香港にある台湾系の新聞の報道によると、共和党の「二つの中国」をつくるたくらみは消極的で、待つて見ていようとするものであり、一方、民主党が政権をとれば、「二つの中国」をつくるたくらみが積極的であり、主動的であろうとのべている。これはある程度道理にかなっていると思う。米国がこのように行ない、日本がこれに追随すれば、われわれはもちろん反対である。第三は中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げないことである。(後略)

すなわち、

1. 日本政府は中国を敵視してはならない
2. 米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しない
3. 中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない

の3点の遵守が取り決められた。

この政治三原則と政経不可分の原則に基づいて日中記者交換を維持しようとするもので、当時日本新聞協会と中国新聞工作者協会との間で交渉が進められているにも関わらず、対中関係を改善しようとする政府・自民党によって頭ごしに決められたという側面がある。日本側は記者を北京に派遣するにあたって、中国の意に反する報道を行わないことを約束したものであり、当時北京に常駐記者をおいていた朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、NHKなどや、今後北京に常駐を希望する報道各社にもこの文書を承認することが要求された。以上の条文を厳守しない場合は中国に支社を置き記者を常駐させることを禁じられた。

日中常駐記者交換に関する覚書

1972年9月29日、「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(日中共同声明)が発表され、日中両国間の国交は正常化した。以後、日中関係は大きく進展する。1974年1月5日には両国政府間で日中貿易協定が結ばれ、同日には「日中常駐記者交換に関する覚書」(日中常駐記者交換覚書)も交わされた。
日本のマスコミはこの「日中記者交換協定」のために中国を糾弾する報道ができないのです。実に日本を馬鹿にした協定です。それにしても、こんな状態で公正な報道が出来るのでしょうか? 公正な報道が出来ないのに中国に支社を作ったり、中国に記者を常駐させる必要があるのでしょうか? 一方的に中国の要求を書き連ねただけの、こんな馬鹿げた協定は改正するか破棄して、公正な報道をして欲しいものです。

<公爵の独り言>
明らかにおかしな「日中記者交換協定」。そろそろスポンサーや視聴者も、マスコミに対して意見を言うべきではないかと思います。日本に不利な報道しかできない報道機関はいらないと・・・。

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  1. 2006/06/12(月) 00:02:36|
  2. 愛国・憂国・国際情勢
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無防備都市宣言

ここ数年、「市民団体」や「平和団体」が地方自治体に「無防備都市宣言」を採択させようと活発に活動しています。しかしこの「無防備都市宣言」、一見、平和的な字面の宣言ですが、その実態はかなり危険な内容です。注意喚起のために、インターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」から「無防備都市宣言」に関するトピックを転載させて頂きます。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
無防備都市宣言
無防備都市宣言(むぼうびとしせんげん)とは、ジュネーブ条約追加第1議定書第59条に基づき、特定の都市、地域を無防備地域であると宣言することを指す。現在、正確には無防備地区宣言である。

概要

ジュネーブ条約追加第1議定書には、以下の条文が定められている。(日本外務省「ジュネーヴ諸条約及び追加議定書」)

第59条「無防備地区」

1. 紛争当事国が無防備地区を攻撃することは、手段のいかんを問わず禁止する。

2. 紛争当事国の適当な当局は、軍隊が接触している地帯の付近またはその中にある居住地で、敵対する紛争当事国による占領のために開放されているものを無防備地区と宣言することができる.無防備地区は、次のすべての条件を満たさなければならない。

(a) すべての戦闘員ならびに移動兵器及び移動軍用設備が撤去されていること
(b) 固定した軍用の施設または営造物が敵対的目的に使用されていないこと
(c) 当局または住民により敵対行為が行われていないこと
(d) 軍事行動を支援する活動が行われていないこと

3. 諸条約及びこの議定書によって特別に保護される者並びに法及び秩序の維持のみを目的として保持される警察が無防備地区に存在することは、2に定める条件に反するものではない。

4. 2の規定に基づく宣言は、敵対する紛争当事者に対して行われ、できる限り正確に無防備地区の境界を定め及び記述したものとする。その宣言が向けられた紛争当事者は、その受領を確認し、2に定める条件が実際に満たされている限り、当該地区を無防備地区として取り扱う。条件が実際に満たされていない場合には、その旨を直ちに、宣言を行った紛争当事者に通報する。2に定める条件が満たされていない場合にも、当該地区は、この議定書の他の規定及び武力紛争の際に適用される他の国際法の諸規則に基づく保護を引き続き受ける。

5. 紛争当事者は、2に定める条件を満たしていない地区であっても、当該地区を無防備地区とすることについて合意することができる。その合意は、できる限り正確に無防備地区の境界を定め及び記述したものとすべきであり、また、必要な場合には監視の方法を定めたものとすることができる。

6. 5に規定する合意によって規律される地区を支配する紛争当事者は、できる限り、他の紛争当事者と合意する標章によって当該地区を表示するものとし、この標章は、明瞭に見ることができる場所、特に当該地区の外縁及び境界並びに幹線道路に表示する。

7. 2に定める条件又は5に規定する合意に定める条件を満たさなくなった地区は、無防備地区としての地位を失う。そのような場合にも、当該地区は、この議定書の他の規定及び武力紛争の際に適用される他の国際法の諸規則に基づく保護を引き続き受ける。

要約すると「紛争相手国の占領を無抵抗で受け入れる事を宣言することができる。宣言され、かつその条件が守られている地域を攻撃してはならない」という条項である。禁止しているのは物理的な攻撃のみであり、占領および紛争相手国による統治や軍事基地化は禁じられていない点には注意が必要である。

歴史

ジュネーブ条約追加第1議定書は1977年に採択された条約(正確には条約の追加議定書)であるが、この条約の前身ハーグ陸戦条約第25条に「無防備都市、集落、住宅、建物はいかなる手段をもってしても、これを攻撃、砲撃することを禁ず」と定めらたのは1899年である。しかし、第一次世界大戦、第二次世界大戦をはじめとする過去の戦争では、口実を設けては幾度と無くこの条約は破られてきた。もっとも顕著な例では、第二次世界大戦下のドイツ、ドレスデンが挙げられる。この都市は無防備都市宣言を行った後、アメリカ、イギリスの爆撃機より投下された六万五千発の焼夷弾によって灰燼と帰し(ドレスデン爆撃)、3 - 15万人(25万人説もあり)が犠牲になった。(ちなみに、東京大空襲の犠牲者は8 - 10万人とされている)

成功例としては太平洋戦争時において

1. 米軍が宣言したフィリピンのマニラ市
2. 日本軍が宣言した沖縄の前島

などが挙げられるが、

1. マニラについては、今度は日本軍が行った無防備宣言を米軍が無視して無差別爆撃を行った
2. 前島については軍事的価値はほとんど無く、無防備宣言が成功したというよりも米軍が無視したと見なすべきである。事実、同じように日本軍が配備されていなかった神山島に対しては米軍が上陸作戦を実行し占領。砲兵2個大隊(155mm加農砲24門)を揚陸し那覇・小禄方面への砲撃を行っている。

など、疑問視する意見も強い。

ただし、日本軍のマニラ市における無防備宣言が守られなかったことについては、旧日本陸軍が行った宣言を旧日本海軍が無視して戦闘行為を行うなど、日本側にも多くの責任があるとの意見もある。が、いずれにしろ無防備宣言は、軍当局の合意が無ければ無意味であることを示す事例ではある。

無防備地域宣言運動について

近年日本国内で、地方公共団体のレベルで無防備地域宣言を行おう、という運動がいくつかなされているが、「平和都市宣言」以上の意味は持たないとする見方が大勢を占めている。以下、反対意見をまとめる。

・上記のようにこの宣言は「紛争相手国の占領を無抵抗で受け入れる」事を宣言するものであり、事実上の(都市・地域単位での)降伏宣言である。戦時でもない=紛争相手国がいない時点で宣言することはできない。

・日本政府が認めていない。 したがって(日本においては、軍事行動を管理・運営するのは専ら政府であるので)第59条第2項の(a)、(b)、(d)を満たすことはできない。日本政府が抗戦の意思を持ってその地域で戦闘を続けた場合には何の意味も無い。
日本以外の国にとっては自衛隊は軍隊であり、戦時におけるその活動は軍事活動に該当する。もちろん国際法上では「自衛隊は軍隊ではない」などという日本国内の政治的詭弁に意味はない

・過去何度と無く破られてきた規定であり、その遵守を紛争相手国に強制する手段が事実上無い。

・司法当局に「外国の軍隊を招き入れる運動」「戦時に自衛隊の活動を阻害する目的の活動」と見なされた場合、内乱罪、外患誘致罪、外患援助罪に該当する恐れがある。
ちなみに、外患誘致罪が成立した場合には死刑が適用される。外患誘致罪が定められた刑法81条は、死刑のみが適用される唯一の条項である。

また、運動を行っている団体の背後に過激派が存在するという指摘もある。公安調査庁は平成18年度の内外情勢の回顧録で、民主主義的社会主義運動(MDS)という過激派団体が無防備地区宣言運動に関わっていると述べている。
このように「無防備都市宣言」は外国軍による占領を可能にしてしまう恐ろしい宣言です。皆様がお住まいの地域でこのような運動が起きていませんか? 注意が必要です。

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  1. 2006/06/11(日) 22:59:49|
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連合公国年代記(3)

我がサウスアイランド連合公国の歴史年表です。

・2002年05月12日
宮廷貴族的サロンとして「公爵の応接室」を創設。

・2002年12月17日
公爵の応接室」を公爵領「The Dukedom of Ocean」に変更。

・2003年04月16日
The Dukedom of Ocean」を「Dukedom of Araba」に変更。

・2004年01月11日
Dukedom of Araba」を「アラバ公爵領」に変更。

・2004年04月05日
アラバ公爵領」を「サウスアイランド総督府」に変更。

・2004年08月24日
サウスアイランド総督府」を独立した君主国「サウスアイランド公国」に変更。

・2004年9月1日
サウスアイランド公国」の直轄自治領「サウスアイランド公国ブログ自治領」を創設。

・2005年4月12日
The County of Mangrove(マングローブ伯爵領)」を創設。

・2004年8月4日
アラバ辺境伯領」を創設。

・2005年9月23日
サウスアイランド公国ブログ自治領」を独立した君主国「ブログブルク公国」に変更。

・2005年9月23日
アラバ辺境伯領」を独立した君主国「アラバ公国」に変更。

・2005年9月23日
The County of Mangrove(マングローブ伯爵領)」を独立した君主国「The Duchy of Mangrove(マングローブ公国)」に変更。

・2005年9月26日
同君連合「連合公国」を構成。

・2005年9月30日
ネイヴァルランド公国」を創設。

・2005年11月8日
【連合公国】画像掲示板」を創設。

・2005年11月17日
ブログブルク公国」を「東ブログブルク公国」に変更。

・2005年11月17日
西ブログブルク公国」を創設。

・2005年12月7日
ヌカヅケ公国」を創設。

・2005年12月10日
ヌカヅケ公国」を廃止。

・2006年03月18日
連合公国」ドアサイトを作成。

・2006年05月02日
サウスアイランド公国」の国名を「サウスアイランド連合公国」に変更。

・2006年05月03日
連合公国」ドアサイトを「サウスアイランド連合公国」の予備サイトに変更。

・2006年05月03日
東ブログブルク公国」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国東ブログブルク城」に変更。

・2006年05月03日
西ブログブルク公国」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国西ブログブルク城」に変更。

・2006年05月03日
The Duchy of Mangrove(マングローブ公国)」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「The Mangrove Castle in The United Duchy of Southisland(サウスアイランド連合公国マングローブ城)」に変更。
 
・2006年05月03日
アラバ公国」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国アラバ城」に変更。

・2006年05月03日
ネイヴァルランド公国」の位置付けを連合公国内の城塞へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国ネイヴァルランド城」に変更。

・2006年05月03日
【連合公国】画像掲示板」の位置付けを連合公国内の美術館へ変更し、名称を「サウスアイランド連合公国画像美術館」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国東ブログブルク城」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「東ブログブルク公国」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国西ブログブルク城」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「西ブログブルク公国」に変更。

・2006年06月11日
The Mangrove Castle in The United Duchy of Southisland(サウスアイランド連合公国マングローブ城)」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「The Duchy of Mangrove(マングローブ公国)」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国アラバ城」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「アラバ公国」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国ネイヴァルランド城」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「ネイヴァルランド公国」に変更。

・2006年06月11日
サウスアイランド連合公国画像美術館」の位置付けを連合公国内の公国へ変更し、名称を「フォトランド公国」に変更。
  1. 2006/06/11(日) 22:56:46|
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サイト名変更について

Picture

皆様ご機嫌いかがでしょうか? サウスアイランド連合公国を統べる公爵でございます。突然ではございますが、サウスアイランド連合公国を構成するサイト名を変更することにしました。新しいサイト名は以下の通りです。

旧:サウスアイランド連合公国(本国)
 The United Duchy of Southisland
       ↓
新:サウスアイランド連合公国(本国) 英語表記のみ変更
 The United Duchies of Southisland
 http://www.h3.dion.ne.jp/~duke/

旧:サウスアイランド連合公国(予備)
 The United Duchy of Southisland
       ↓
新:サウスアイランド連合公国(予備) 英語表記のみ変更
 The United Duchies of Southisland
 http://duchy.web.fc2.com/

旧:サウスアイランド連合公国東ブログブルク城
 The East Blogburg Castle in The United Duchy of Southisland
       ↓
新:東ブログブルク公国
 The Duchy of East Blogburg
 http://blogs.dion.ne.jp/duke/

旧:サウスアイランド連合公国西ブログブルク城
 The West Blogburg Castle in The United Duchy of Southisland
       ↓
新:西ブログブルク公国
 The Duchy of West Blogburg
 http://westblogburg.blog37.fc2.com/

旧:サウスアイランド連合公国マングローブ城
 The Mangrove Castle in The United Duchy of Southisland
       ↓
新:マングローブ公国
 The Duchy of Mangrove
 http://mangrove.blog8.fc2.com/

旧:サウスアイランド連合公国アラバ城
 The Araba Castle in The United Duchy of Southisland
       ↓
新:アラバ公国
 The Duchy of Araba
 http://margrave.seesaa.net/

旧:サウスアイランド連合公国ネイヴァルランド城
 The Navalland Castle in The United Duchy of Southisland
       ↓
新:ネイヴァルランド公国
 The Duchy of Navalland
 http://navalland.seesaa.net/

旧:サウスアイランド連合公国画像美術館
 The Picture Museum in The United Duchy of Southisland
       ↓
新:フォトランド公国
 The Duchy of Photoland
 http://i-bbs.sijex.net/imageBoard.jsp?id=duke

サウスアイランド連合公国という枠組みに変更はありません。各公国はサウスアイランド連合公国を構成する公国という位置付けになります(ドイツ帝国のような感じです)。またサウスアイランド連合公国公爵は各公国の公爵位を兼ねるので、公式称号は以下の通りとなります。
日本語表記
サウスアイランド連合公国公爵、東ブログブルク公爵、西ブログブルク公爵、マングローブ公爵、アラバ公爵、ネイヴァルランド公爵、フォトランド公爵、その他の領域の君主であるヒデ三世殿下

英語表記
His Most Glorious Highness Hide the Third, Duke of The United Duchies of Southisland, Duke of East Blogburg, Duke of West Blogburg, Duke of Mangrove, Duke of Araba, Duke of Navalland, Duke of Photoland and Lord of His other Territories.
以上、宜しくお願い致します。

2006年6月11日 公爵

- GOD SAVE THE DUKE -

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  1. 2006/06/11(日) 22:21:48|
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糠床メンテナンス(20060610)

らっきょうを漬けてからちょっと水っぽくなった糠床。水抜きと足し糠で水分調整をしても良いのですが、味わいのある乾物を投入して水分調整をすることにしました。今日糠床に投入した乾物は以下の通りです。

・刻み昆布
・小海老の素干し
・唐辛子


上記の乾物を投入して糠床をまぜまぜ。多少水っぽさが改善された感じです。味わいもちょっと良くなるかも知れません。夜中にきゅうりと茗荷を漬けて、明日の朝、食べる予定です。

<公爵の独り言>
先日漬けたらっきょうはいい感じです。1日2個ずつ、夜に取り出して食べています。ただ、ニオイがかなりキツイので、平日の朝食べたり、大量に食べることは危険です。

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  1. 2006/06/10(土) 19:22:48|
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経験者優遇!

経験者は当家規定により優遇します。
あなたの経験を当家で生かして下さい。
こんな私と交際してみませんか?

テーマ:恋愛 - ジャンル:恋愛

  1. 2006/06/08(木) 21:59:15|
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未経験者歓迎!

未経験者歓迎!
やる気のある方、頑張る方を応援します。
こんな私と交際してみませんか?

テーマ:恋愛 - ジャンル:恋愛

  1. 2006/06/08(木) 21:55:30|
  2. 公妃募集
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FA宣言

いつでもFA宣言することができます。
こんな私と交際してみませんか?

テーマ:恋愛 - ジャンル:恋愛

  1. 2006/06/08(木) 21:19:43|
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試用期間

試用期間3ヶ月。見込みがなければ、綺麗に別れることができます。
こんな私と交際してみませんか?

テーマ:恋愛 - ジャンル:恋愛

  1. 2006/06/08(木) 21:17:51|
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クーリングオフ

1ヶ月以内なら、綺麗に別れることが来ます。
クーリングオフ可能な私と交際してみませんか?

テーマ:恋愛 - ジャンル:恋愛

  1. 2006/06/08(木) 20:54:55|
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続・らっきょうの糠漬け

6月4日夜に糠漬けにしたらっきょう。昨日、その結果を簡単に書きましたが、漬けてから3日目の今日の味わいをちょっと書きたいと思います。

昨日までのらっきょうは少し固い感じでしたが、今日は少ししんなりした感じです。また味の方は、昨日までは塩っ気が強く、そしてらっきょうの強い風味ばかりが感じられましたが、今日は少し丸くなった感じです。

らっきょう糠漬け、これはイケます!

お勧めです。是非お試し下さい。

<公爵の独り言>
昨日までは「ラッキョウ」と片仮名で書きましたが、平仮名で書くのが一般的なようなので今日は「らっきょう」と平仮名で書いております。
(Google検索 らっきょう:約737,000件 ラッキョウ:約276,000件)

テーマ:我が家の晩御飯 - ジャンル:グルメ

  1. 2006/06/06(火) 20:57:22|
  2. 糠漬け
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日本のパスポートは世界最強!

菊の御紋」の輝く日本のパスポートは、世界で最も歓迎される(スムーズに入国を許可される)パスポートと言われています。日本のパスポートで入国できないのは北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)だけではないでしょうか?(笑) しかも、日本のパスポートを持つ場合、入国ビザが不要である国も多いそうです。実に恵まれた待遇であると言えましょう。

しかしこのような好待遇は突然与えられた物ではありません。かつて海外に出て行った先人の努力の積み重ねによって築き上げた信用と信頼に因るものです。そして信用を得るのは長い時間が掛かりますが、失うのは一瞬です。その恩恵を受けている現代の我々は、先人の努力を無にしないように、そして我々の子や孫が、同じような待遇を得られるように不断の努力をしなければなりません。

6月9日からサッカー・ワールドカップ2006ドイツ大会が開催されます。多くの日本人が観戦のためにドイツへ渡航すると思いますが、旅先では日本のパスポートに恥じない行動を取って欲しいと思います(杞憂だと思いますが)。

なおアメリカのパスポートは、イデオロギーで対立している国や中東諸国ではあまり歓迎されず、手続きに時間が掛かると言われています(故に日本のパスポートは最強と言われております)。

<公爵の独り言>
菊の御紋」の威力は凄いですね! これが世界の評価なのでしょう。先人に感謝!

テーマ:特定アジアと日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2006/06/06(火) 19:57:35|
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