西ブログブルク公国

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血濡れの伯爵夫人

昨日はドラキュラ伯爵のモデル、ワラキア公ヴラド3世のことを紹介した。

ドラキュラ伯爵
http://blogs.dion.ne.jp/duke/archives/483484.html

ヴラド3世の場合は、処刑方法の残忍さから串刺し公と恐れられたものの、オスマン・トルコの侵略に対して勇敢に抵抗した祖国の英雄であり、領民から尊敬される名君であった。

しかし、これから紹介する伯爵夫人は、まさに吸血鬼の名に相応しい、恐ろしい女性である。彼女の名は、ナダスディ伯爵夫人エリザベート・バートリー。別名「血濡れの伯爵夫人」と呼ばれている・・・。

エリザベート・バートリー(以下エリザベートと表記する)は、1560年、ハンガリーのトランシルヴァニア地方の名家、バートリー家の娘として誕生した。バートリー家は名門ハプスブルク家にも繋がる古い貴族であり、ハンガリーの大臣や枢機卿、トランシルヴァニア公、ポーランド国王も輩出しているハンガリーきっての名門貴族である。

エリザベートはこの名門貴族の一族に生まれたが、バートリー家は血統を重視するあまり近親結婚が多く、そのためかどうかわからないがエリザベートの親族には異常者が多かった。悪魔主義者である伯父、同性愛者である伯母、色情狂である兄。結果的には、エリザベートも本人も例外ではなかったようだ。

エリザベートは15歳の時、かねてから婚約していたハンガリー貴族フェレンツ・ナダスディ伯爵と結婚、チェイテ城に移り住んだ。ナダスディ家は900年以上続いた由緒正しい軍人貴族の名門であり、夫フェレンツ・ナダスディ伯爵は「ハンガリーの黒い英雄」と呼ばれるほどの国民的英雄であった。そのため戦場に出ることが多く、エリザベートと結婚した後も城を留守にしがちであったという。これが後の惨劇のきっかけとなる・・・。

ナダスディ伯爵と結婚してチェイテ城に移り住んだエリザベート。周りに気心の知れた人もおらず、夫は城を留守にしがち。子供は4人授かったが、全部乳母に預けて育てさせている。暇を持て余し、召使いから黒魔術の手ほどきを受け、これに夢中になった。

そんなある日、女中が不始末を犯し、エリザベートは怒って女中を激しく折檻した。その時、女中の血がエリザベートの手に付いたことから、エリザベートの中で黒魔術と結び付き、「永遠の美を保つ秘訣は若い女の血である」と確信、この女中を縛り上げ、血を搾り取って殺害。その血を全身に浴びた・・・。血濡れの伯爵夫人の誕生である。

それからのエリザベートは、女中を募集しては召使いに命じて密かに殺害し、血を溜めた浴槽に浸かり、血を飲んだ。夫のナダスディ伯爵の死後、行状は更にエスカレートし、チェイテ城近辺の若い娘を誘拐するようになった。しかも、すぐ殺すのではなく、「鉄の処女」や「鳥かご」といった道具で拷問に掛けた上で殺すようになった。チェイテ城近辺では、いつしか「城に行った娘は帰ってこない」という噂が流れるようになり、若い娘が姿を消したという・・・。エリザベートは10年間で600人もの若い娘を殺害したと言われている。

しかし、エリザベートの悪魔の所行も終わりを迎えることになる。誘拐して閉じこめていた娘が脱走し、ことが露見したのである。エリザベートの配下だった召使いは処刑(手の指を1本ずつ引き抜いた上で火あぶり)されたが、エリザベートは処刑を免れた。バートリー家、ナダスディ家の家名に傷が付くことを考慮されたためと言われている。エリザベートはその後チェイテ城に幽閉され、3年後に死亡した。

ナダスディ伯爵夫人エリザベート・バートリー。
彼女こそ吸血鬼の名に相応しいと言えよう。


<公爵の独り言>
吸血鬼ドラキュラ伝説は、同じ東欧の
ワラキア公ヴラド3世とナダスディ伯爵夫人エリザベート・バートリー
の話が合体してできたのかもしれませんね。

ところで、インターネットでエリザベート・バートリーのことを調べると、
「ナダスディ伯爵夫人エリザベート・バートリー」と表記されているケースが
多々あります。この記事でもそのように表記しましたが、これは
「ナダスディ伯爵夫人となったエリザベート・バートリー」を意味しているの
でしょうか?それとも、ナダスディ家よりもバートリー家の方が格上ということ
で、ナダスディ家に嫁いだ後もバートリー家の名前を名乗っているのでしょうか?
ご存じの方、教えて下さい。
  1. 2005/01/20(木) 06:08:58|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8
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コメント

次はぜひフランケンシュタインの怪物を取り上げてください。
  1. 2005/01/20(木) 11:01:26 |
  2. URL |
  3. say_say_say/ #79D/WHSg
  4. [ 編集]

say_say_say/様
すみません。怪物関係は得意分野ではないので・・・。
  1. 2005/01/20(木) 12:10:47 |
  2. URL |
  3. 公爵 #79D/WHSg
  4. [ 編集]

公爵閣下
エリザベート・バートリーですが
あくまで私が読んだ本の範囲でですが
バートリー家の家格が高かったため
特別に結婚後も旧姓を名乗ったそうです。
あと、ハンガリーは日本と同じで姓が先になりますので
バートリー・エリザベート(ハンガリー風なら
バートリー・エルセベートでしょうか?)になりますね。
それと、血濡れの伯爵夫人~については
ハプスブルク家の対ハンガリー政策として
ハンガリーの大貴族を貶めようとしたという冤罪説もあります。
(魔女狩りを考えますと、確かに否定するのも難しいかも?)
  1. 2005/01/20(木) 18:40:04 |
  2. URL |
  3. AMU #79D/WHSg
  4. [ 編集]

AMU様
>バートリー家の家格が高かったため特別に結婚後も旧姓を
>名乗ったそうです。
おお!やはりそうですか。どうもありがとうございます。
>あと、ハンガリーは日本と同じで姓が先になりますので
そうなんですか。へぇ~へぇ~へぇ~(70へぇ)。
>ハプスブルク家の対ハンガリー政策として
>ハンガリーの大貴族を貶めようとしたという冤罪説もあります。
うーむ、やはり裏がありそうですね。
  1. 2005/01/20(木) 21:34:07 |
  2. URL |
  3. 公爵 #79D/WHSg
  4. [ 編集]

エリサベートは結婚後もバートリーの名を名乗っていたという記録が残っているようです。
  1. 2005/06/07(火) 15:08:26 |
  2. URL |
  3. non-no #79D/WHSg
  4. [ 編集]

non-no様
そのようですね。ヨーロッパでは実家の家格が高い場合、結婚後も
実家の家名を名乗ることがあるそうです。
  1. 2005/06/07(火) 20:56:58 |
  2. URL |
  3. 公爵 #79D/WHSg
  4. [ 編集]

Dear→公爵様
嶽本野ばらの「鱗姫」っていう本にエリザベート・バートリーが出てきましたょ☆
ちょっと怖い(私的に)お話ですが、おもしろいお話だと思います(^ー^)b
でゎ②失礼致しましたぁ~
  1. 2005/06/24(金) 19:45:56 |
  2. URL |
  3. ちぃ #79D/WHSg
  4. [ 編集]

ちぃ様
お久しぶりです。本のご紹介ありがとうございます。googleで検索すると、結構恐い話のようですね。書評の中には「おっそろし~~~。体が痒くなっちゃうお話です。」とかいうのもあります・・・。
  1. 2005/06/25(土) 04:34:20 |
  2. URL |
  3. 公爵 #79D/WHSg
  4. [ 編集]

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