西ブログブルク公国

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引きこもりのオタク

まず、一言申し上げておきますが、私のことではありません!(笑)

ある特定の分野に深くのめり込む人を「オタク」と呼ぶが、王侯貴族にも現在で言う「オタク」がいた。しかも、「引きこもり」属性付きである。
その人物の名は、バイエルン国王ルートヴィヒ2世

最強のファンタジー系騎士道オタクである。

元々バイエルン王家のヴィッテルスバッハ家には、芸術を好み、外の世界よりも内なる世界を好む傾向にあった。そうした家系に生まれたルートヴィヒ2世。幼少の頃からホーエンシュヴァンガウ城でドイツ騎士伝説を描いた壁画に囲まれて過ごし、ドイツ騎士伝説にあこがれていた。そのため、リヒャルト・ワーグナーのオペラこよなく愛していた。

ルートヴィヒ2世がバイエルン国王に即位すると、直ぐにワーグナーをバイエルンに呼び寄せて、莫大な資金援助をしてオペラを製作させた。そして、ワーグナーのオペラを上演するための劇場を建てさせた。これが、毎年「バイロイト音楽祭」の行われる「バイロイト祝祭歌劇場」である。ワーグナーが多くのオペラを残せたのも、ルートヴィヒ2世の援助のおかげと言える。

<ワーグナーがバイエルン王国で初演したオペラ>
・トリスタンとイゾルデ
・ニュルンベルクのマイスタージンガー
・ニーベルングの指輪
  第1夜 ラインの黄金
  第2夜 ワルキューレ
  第3夜 ジークフリート
  第4夜 神々の黄昏
・パルジファル

そしてルートヴィヒ2世はオペラの幻想世界を現実世界に蘇らせようと、「リンダーホーフ城」、「ヘレンキームゼー城」、そして現在のバイエルン観光の目玉とも言うべき「ノイシュヴァンシュタイン城」を築城した。いずれの城も非常にロマンチックな雰囲気の漂う豪華な城である。そして第4の築城計画として「ファルケンシュタイン城」築城を計画したらしいが、さすがにこれは実現できなかった。

また、ルートヴィヒ2世は城内部の調度品にも異常にこだわり、自ら外国の建築物や文献を調べて、自分の納得できるものが出来るまで何度も作り直しをさせたと言われております。

こうしてルートヴィヒ2世は自分の作った城に引きこもり、趣味の世界に没頭したそうです。しかも人に会うのが苦手で、広い城の中で食事も一人。ここまで来るともう立派な引きこもりですね。

しかし、こうした趣味の世界から現実の世界に引き戻される事態が発生します。趣味に莫大なお金をつぎ込んだことによるバイエルン王国の財政危機。そしてプロイセン王国の台頭です。しかし国王ルートヴィヒ2世はまともな対応ができず、またもや現実世界から逃避して城に引きこもってしまい、その結果バイエルン王国の国力を大きく低下させてしまったのです。

ことここに及んで、バイエルン王国の高官達もこのままでは王国が危ないということで、ノイシュヴァンシュタイン城でルートヴィヒ2世を拘束、ルートヴィヒ2世はスタルンベルク湖のほとりのベルク城に幽閉されます。そして、後日ルートヴィヒ2世と医師グッデン博士の遺体がスタルンベルク湖で見つかったそうですが、ことの真相は明らかにされていないそうです。

<公爵の独り言>
趣味にのめり込むのもほどほどに、ということですね。
  1. 2005/01/17(月) 04:23:06|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:4
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コメント

トラックバックありがとうございます。
今気づきました。。。(あたまたりないんでゆるしてください)
それにしても公爵さん☆なんでも知っているんですね。すごいなぁ。
ノイシュバンシュタイン城の王様がすんごい白鳥にこだわって、お城を建てたこと、人見知りだったこと、そして何年もかけて建てたお城に一週間くらいしか暮らせなかったこと。くらいしか覚えていません。この頃の貴族?皇族?(区別がわかりませんが)って贅沢しすぎてみを滅ぼす人多いですよね。でもすんごいハンサムさんだったとか。この時代で身長180センチ!(いや190だったかな?)と添乗員さんが仰っていました。
  1. 2005/01/22(土) 21:22:40 |
  2. URL |
  3. teaday #79D/WHSg
  4. [ 編集]

teaday様
初めまして。我がブログ自治領へようこそ。歓迎いたします。
こちらこそ、teadayさんの記事からこの記事を書くインスピレーションを頂き、
感謝しております。
ルートヴィヒ2世、若い頃はすごくハンサムだったけど生涯独身なんですよね。
それ故、ホモ疑惑なんかも持ち上がったりしましたが、実はオーストリア皇妃と
なったシシィのことを愛していて、それが忘れなれなかったとか。
後にシシィの妹を王妃に迎えようとしたけれど、ドタキャンしたという事件も
ありますね。
  1. 2005/01/22(土) 21:37:19 |
  2. URL |
  3. 公爵 #79D/WHSg
  4. [ 編集]

シシィ(*´∀`*)
そんな存在になりたい。
また今度ノイシュバインシュタイン城に行ったときには、きっともっと感慨深く感じると思います。それも公爵さんのおかげ♪
がんばってお金ためよう。
  1. 2005/01/22(土) 22:31:09 |
  2. URL |
  3. teaday #79D/WHSg
  4. [ 編集]

ご存知のことと思いますが、シシィはエリザベートの愛称です。
エリザベートはルートヴィヒ2世とおなじバイエルンのヴィッテルスバッハ家の
出身で、ルートヴィヒ2世のいとこにあたります。
  1. 2005/01/22(土) 22:43:14 |
  2. URL |
  3. 公爵 #79D/WHSg
  4. [ 編集]

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3日目 <ヨーロッパ・ツアー旅行記>

※初日から読み進める事をオススメします。 5/27 ローテンブルク→フュッセン ...ご存知のことと思いますが、シシィはエリザベートの愛称です。エリザベートはルートヴィヒ2世とおなじバイエルンのヴィッテルスバッハ家の出身で、ルートヴィヒ2世のいとこにあたります。
  1. 2005/06/08(水) 13:44:52 |
  2. 森岡@WEB企画奮戦記(大阪編)
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