西ブログブルク公国

皇室、華族、王侯貴族、政治経済、時計、万年筆、トミカ、トイガン、家庭菜園、糠漬けの話題など、何でもありのブログです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

選帝侯

かつて神聖ローマ帝国においては、皇帝を選挙で選んでいた。
この皇帝選挙権を有する諸侯のことを選帝侯(選挙侯)と呼ぶ。
皇帝は、1198年から1806年の神聖ローマ帝国の解体まで選帝侯会議によって
選出された。
選帝侯は、当初、教会諸侯3人、世俗諸侯4人の7選帝侯制であった。
選帝侯は下記の通り。

●教会諸侯
 ・マインツ大司教
 ・ケルン大司教
 ・トリア大司教

●世俗諸侯
 ・ライン宮中伯(プファルツ伯)
 ・ザクセン公
 ・ブランデンブルク辺境伯
 ・ボヘミア王(ベーメン王)

17世紀には、以下の諸侯が選帝侯に加えられた。
 ・バイエルン公
 ・ハノーヴァー公(ブラウンシュヴァイク公)

しかし実際は、各選帝侯が小貴族を皇帝に据えて自らの勢力を安定させよう
としたが、こうして帝位を得たハプスブルク家が次第に力を付け、後に帝位は
完全にハプスブルク家の世襲となり、皇帝選挙はたんに儀礼上のものとなった。

なお、選帝侯には貨幣鋳造権、鉱業権、関税権、城塞構築権、ユダヤ人保護権などの
特権が認められており、選帝侯への反乱は皇帝への反乱とされていた。

<サウスアイランド公の独り言>
選帝侯・・・カコイイ!
  1. 2004/09/15(水) 00:28:54|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<爵位の成り立ち | ホーム | 大英勲章>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://westblogburg.blog37.fc2.com/tb.php/22-b96cf4a5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。