西ブログブルク公国

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最後の海賊

第一次世界大戦の頃、大西洋・太平洋で11隻ものイギリス商船を拿捕した
帆船が存在した(!)。しかも、敵味方の乗組員の死者はゼロ(!)。
その船の名は、ゼー・アドラー号(海の鷲)。その船を指揮していたのは、

ドイツ海軍少佐フェリックス・フォン・ルックナー伯爵

ルックナー伯爵家は、元来騎兵司令官を務めた家柄だったが、嫡男フェリックス
は海にあこがれて14歳の時に家出。8年間水夫として過ごし、願い叶って海軍士官
となったそうです。

そして、第一次世界大戦時、ドイツ海軍は連合国に対する海上輸送網破壊を
企図し、その任務に通常の水上艦艇、潜水艦(Uボート)の他、なんと帆船
使うことを考えた。帆船ならば、使用する燃料も少なくて済み、敵の油断を誘い
易い。そこで、帆船を操れる海軍少佐ルックナー伯爵が帆船ゼー・アドラー号の
艦長として抜擢されました。

ゼー・アドラー号は、元々はイギリス製の帆船「パス・オブ・パルマハ」。
これに105mm砲2門と500馬力の内燃機関を搭載し、捕虜収容用の空間を追加した
船です。そして船名を「ゼー・アドラー」に変更し、偽名は「イルマ」とされま
した。 なお、「イルマ」とはルックナー伯爵がかつて愛した少女の名前だそう
です。

さて、ゼー・アドラー号は1916年12月21日にドイツを出港。ところが、12月25日
にはイギリス海軍に発見されて臨検を受けます。しかし、見た目が可愛い水夫
寝込んでいる船長夫人」に仕立て上げたりして誤魔化して、この場を切り抜け
ました。

そしてその後は連合国商船を拿捕し続けます。ただの帆船と思って油断して
近づいた連合国商船が餌食になりました。
そのため、ルックナー伯爵は連合国側から「海の魔王」と恐れられました。
しかし、ルックナー伯爵は非常に人道的で、11隻もの連合国商船を拿捕しながら
敵味方に一人の死者も出しませんでした。捕虜の扱いも丁寧で、女子供の乗る船
は見逃したとも言われております。
このため、ローマ教皇から「人道の騎士」と賞賛されたそうです。

なお、ゼー・アドラー号は1917年8月2日に津波によって座礁、大破。乗組員はチリ
に抑留されたそうですが、病死した1人を除いて全員無事に帰国したそうです。

ルックナー伯爵は帰国後に、「ゼー・アドラー」号の偽名として使った「イルマ」号
イルマと結婚したそうです。めでたし、めでたし。

<公爵の独り言>
第一次世界大戦までは騎士道的な話が結構残っていますね。
  1. 2005/01/08(土) 01:40:43|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
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