日本も明治維新後に爵位を導入し、華族制度を確立させましたが、
爵位導入当時、どのような基準で叙爵されたか簡単に説明します。
1.公爵 ●公家
・摂政・関白になりうる最高の家柄である摂家(5家)
●武家
・徳川宗家
・薩摩島津家
・長州毛利家
●国家に偉功ある者
2.侯爵 ●公家
・摂政・関白を兼ねることはできないが、太政大臣・左大臣・右大臣・大将に
なりうる家柄である清華家(9家)
●武家
・徳川御三家
・大藩知事(現米15万石以上)
・琉球藩主
●国家に勲功ある者
3.伯爵 ●公家
・大納言まで宣任の例が多い堂上家(昇殿を許された公家)
●武家
・徳川御三卿
・中藩知事(現米5万石以上)
●国家に勲功ある者
4.子爵 ●公家
・上記において伯爵になれなかった堂上家
・一新前(慶応3年10月15日の大政奉還前)に家を起こした堂上家
●武家
・旧小藩知事(現米5万石未満)
・一新前に諸侯であった家
●国家に勲功ある者
5.男爵 ●公家の庶流(分家)
●一新後に華族に列せられた者
●国家に勲功ある者
上記の武家において「現米○万石」とありますが、これは江戸時代の藩の石高
ではなく、明治維新後の版籍奉還で藩知事となった旧藩主が明治政府に納めた
租税を元に算出されております。そのため、江戸時代に大藩であっても、戊辰戦争
において朝敵に回った藩は領地を削られ、石高は低く計算されています。
故に、叙爵された後、「本来ならば我が家はもう1ランク上の爵位なのだが・・・」
という話が後を絶たなかったと言われております。
なお、日本の華族制度においては、爵位は上記5種類(五等爵)のみであり、
大公、辺境伯、准男爵、騎士爵等は存在しません。
この記事では公家関係の用語がいくつか出てきているので、以下に説明のリンク
を記述しておきます。よかったら参考にして下さい。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
公家http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E5%AE%B6摂家http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%91%82%E5%AE%B6清華家http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E8%8F%AF%E5%AE%B6大臣家http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%87%A3%E5%AE%B6羽林家http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E6%9E%97%E5%AE%B6名家http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%AE%B6_%28%E5%85%AC%E5%AE%B6%29半家http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%8A%E5%AE%B6
- 2005/02/09(水) 16:37:29|
- 天皇・皇室・皇族・華族
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| コメント:2
公爵さま。
今更で恐縮なのですが、公爵の島津、毛利両家は元は武家ですが、厳密には「国家に偉勲ある者」として公爵です。
また「琉球藩主」は「琉球藩王」かと思われます。
- 2005/05/29(日) 16:37:00 |
- URL |
- 西京子 #79D/WHSg
- [ 編集]
西京子様
ご指摘ありがとうございます。この記事を書くにあたりいくつかのインターネット上の記事を参考にしましたが、もう少し自分でよく調べてから記事を追記、修正したいと思います。これからもお気付きの点がございましたらご指摘下さい。宜しくお願い致します。
- 2005/05/30(月) 14:46:34 |
- URL |
- 公爵 #79D/WHSg
- [ 編集]