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ヴィスコンティ

イタリアの有名な映画監督ルキノ・ヴィスコンティ

ルキノ・ヴィスコンティは、イタリア・ミラノの名門貴族ヴィスコンティ家の出身です。ルキノ・ヴィスコンティは1906年にモドローネ公爵ジュゼッペ・ヴィスコンティの三男(次男との説もある)として生まれ、彼自身、伯爵の称号を保有していました。しかしルキノ・ヴィスコンティは名門貴族出身でありながら共産主義に傾倒し、「赤い公爵」と呼ばれたこともあったそうです。

ここで簡単にヴィスコンティ家のことを説明します。ヴィスコンティ家はイタリア・ミラノの名門貴族で、13世紀には一族のテオバルド・ヴィスコンティ(1210年~1276年)がローマ教皇グレゴリウス十世となり、ヴィスコンティ家は都市国家ミラノの実質的支配者となりました。そして1395年、ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティ(1351年~1402年)が神聖ローマ皇帝ヴェンツェルからミラノ公の称号を得て、ミラノ公国に君臨しました。しかし15世紀にスフォルツァ家にミラノの支配権を奪われてしまいました。その後ミラノ公国はスペインの支配下となり、ミラノ公国は滅亡しました。

なお、ルキノ・ヴィスコンティの一族は、ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの直系子孫ではなく、ミラノ公になる前のヴィスコンティ家当主マッテオ・ヴィスコンティ一世(1250年~1322年)の弟ウーベルト・ヴィスコンティの子孫とのことです(ルキノ・ヴィスコンティは16代目の子孫)。

<ルキノ・ヴィスコンティの監督作品>
・郵便配達は二度ベルを鳴らす
・揺れる大地
・ベリッシマ
・われら女性
・夏の嵐
・白夜
・若者のすべて
・ボッカチオ'70
・山猫
・熊座の淡き星影
・華やかな魔女たち
・異邦人
・地獄に堕ちた勇者ども
・ベニスに死す
・ルードウィヒ/神々の黄昏
・家族の肖像
・イノセント

<公爵の独り言>
久しぶりの貴族ネタでした。私はヴィスコンティの映画はまだ観たことがありませんが、調べてみるとなかなか面白そうです。早速観てみたいと思います。

テーマ:映画ネタ - ジャンル:映画

  1. 2006/01/08(日) 00:46:22|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
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