西ブログブルク公国

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旧島津公爵邸

かつての華族の邸宅を現在でも観ることが出来ます。
今回は「旧島津公爵邸」を紹介します。

旧島津公爵邸は、東京の清泉女子大学品川キャンパス内にあります。元々この敷地は仙台藩下屋敷として寛保3年(1743年)から明治6年(1873年)までの130年間、使われておりました。そして明治6年(1873年)に島津家の所有となりました。

島津家は元々、東京桜田に薩摩藩上屋敷を持っておりました。しかしこの敷地と屋敷を手に入れてからは、この地が「袖ヶ崎」と呼ばれていたことから「袖ヶ崎邸」として、 公式行事の開催場所に使用し、大正12年(1923年)の関東大震災後に本邸として利用しました。

袖ヶ崎邸は、当初仙台藩の木造家屋をそのまま使用していましたが、老朽化が進んだため、英国風の洋館を改築することを計画し、日本政府の招きにより来日していた英国人ジョサイア・コンドル(鹿鳴館の設計をした建築家)に設計を依頼し、大正6年(1917年)に落成披露が行われました。

島津公爵邸(袖ヶ崎邸)は広大な敷地を有するイタリアルネサンス風の壮麗な洋館でしたが、持ち主である島津公爵が昭和初期の金融恐慌で財政的打撃を受けたため、半分以上の敷地を売却。そして太平洋戦争の苛烈化に伴い、この大邸宅を維持することが困難となり、島津公爵邸(袖ヶ崎邸)は日本銀行に売却されました。

戦中、戦災を免れた旧島津公爵邸(袖ヶ崎邸)は、戦後昭和21年(1946年)1月にGHQの管理下に入り、駐留軍の将校宿舎として昭和29年(1954年)まで使用されました。そして接収解除後の昭和36年(1961年)7月に、清泉女子大学が日本銀行から旧島津公爵邸(袖ヶ崎邸)の土地、建物を購入し、昭和37年(1962年)4月に横須賀からこの地へ大学を移転して、今日に至っているそうです。

旧島津公爵邸は東京都選定歴史的建造物に指定されています。なお、旧島津公爵邸は一般公開されておりますので、詳しくは以下のWebサイトでご確認下さい。

清泉女子大学 旧島津公爵邸
http://www.seisen-u.ac.jp/shimazu/index.html

<公爵の独り言>
昭和の金融恐慌と戦争は華族に相当打撃を与えたようですね。
それでもこうして過去の邸宅が残っているのは幸いですね。

テーマ:史跡・歴史的遺物 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/01/15(日) 09:07:26|
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