「
リットン調査団」と言えば、1931年(昭和6年)9月18日に関東軍(大日本帝国陸軍が日本の権益下にあった遼東半島と南満州鉄道沿線に展開していた軍)が起こした「
満州事変」調査のために国際連盟から派遣された調査団として知られております。その調査団の団長がイギリスの「
リットン卿」だったのでこのように呼ばれております。
<リットン調査団の委員>
・リットン卿(イギリス):枢密顧問官、元インド副総督
・アンリ・クローデル陸軍中将(フランス):フランス植民地軍総監
・フランク・ロス・マッコイ陸軍少将(アメリカ):軍人
・アルドロバンディ伯爵(イタリア):外交官
・ハインリッヒ・シュネー博士(ドイツ):国会議員、元ドイツ領東アフリカ総督
<リットン調査団のオブザーバー>
・吉田伊三郎(日本):外交官
・顧維鈞(中国):外交官
さて、そのリットン卿、「
卿」という敬称が付いているので当然イギリスの貴族です。フルネームと爵位は以下の通りです。
ヴィクター・アレクサンダー・ジョージ・ロバート・ブルワー=リットンVictor Alexander George Robert Bulwer-Lytton第2代リットン伯爵2nd Earl of Lyttonリットン卿はインド総督であったロバート・リットンの子供としてインドで生まれました。リットン卿は大学卒業後、海軍提督府でキャリアを積んだ後、インド植民地国務次官、ベンガル総督を歴任し、1925年にインド総督となっています。その後も、インド、アジアにおいて多くの職務をこなし、その多くの職務の1つがリットン調査団ですが、本国ではあまり知られていないそうです。
なお、リットン卿の祖父は、小説家、劇作家、政治家として名高い
エドワード・ジョージ・ブルワー=リットン男爵。小説「ポンペイ最後の日」や戯曲「リシュリュー」が代表作として知られています。リットン卿は、本国ではこのリットン男爵の孫として有名だったそうです。
<公爵の独り言>
吉本興業の若手芸人「リットン調査団」とは関係ありません。
テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2006/04/05(水) 20:44:55|
- 王侯貴族・ローマ法王
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