西ブログブルク公国

皇室、華族、王侯貴族、政治経済、時計、万年筆、トミカ、トイガン、家庭菜園、糠漬けの話題など、何でもありのブログです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

英国王室とヨットレース

王侯貴族や上流階級の娯楽とも言えるヨットレース。そのヨットレースと英国王室は深い関わりがあります。

ヨットレースを上流階級の娯楽として流行らせたのは、イギリス国王チャールズ二世でした。チャールズ二世はイギリス国王に即位する前、清教徒革命(ピューリタン革命)によってイギリスを追われ、オランダに亡命していたことがあります。チャールズ二世が亡命先のオランダで見つけたのが小型の快速船「ヨット」でした。なお、「ヨット」とはオランダ語の「追いかける」に由来する語で、オランダ海軍において伝令や文書輸送に使われた小型快速船を意味します。チャールズ二世はオランダのヨットが大変気に入り、イギリス国王に即位した暁にはテムズ川でヨットを走らせたいと言っていたそうです。

チャールズ二世は1660年にイギリス国王に即位しました。この時オランダはヨット「メアリー号」をチャールズ二世に贈呈し、テムズ川を走らせたそうです。その後チャールズ二世はイギリスでもヨットを建造させました。この時建造された英国製第一号のヨットは「キャサリン号」。「キャサリン」はチャールズ二世の王妃の名前です。続いて建造された英国製ヨットはチャールズ二世の弟ヨーク公専用ヨット「アン号」。「アン」はヨーク公の妃の名前です。その後チャールズ二世はオランダからもう一艇ヨットを贈呈され、英国王室は外国製2艇、英国製2艇のヨットを持つようになりました。

そして1661年、英国初のヨットレースが開催されました。参加ヨットは、国王チャールズ二世のヨット「キャサリン号」と、王弟ヨーク公のヨット「アン号」の2艇。コースはテムズ川のグリニッジからグレイヴゼンドまでとされ、この間を往復して勝者を決めることとなっておりました。掛け金は100ポンド。英国初のヨットレースの結果は、往路は王弟ヨーク公のアン号が勝利し、復路は国王チャールズ二世のキャサリン号が勝利したそうです。

その後、18世紀になると英国のヨットレースは更に盛んになり、皇太子時代のジョージ三世がヨットレースにカップを提供したり、ヨットクラブが作られたりするようになり、英国上流階級の優雅な娯楽として定着したそうです。

現在、世界最高峰のヨットレースと呼ばれている「アメリカスカップ」も、英国のヨットレースに由来します。1851年に英国で開催された第一回万国博覧会の記念行事としてロイヤル・ヨット・スコードロン(英国の格式の高いヨットクラブ)がワイト島一周ヨットレースを開催しました。このヨットレースで優勝したのは、米国からただ1艇参加した「アメリカ号」。「アメリカ号」のクルーは、英国のヴィクトリア女王から銀製の水差し状のカップを下賜され、米国に持ち帰りました。そしてこのカップは後にニューヨーク・ヨットクラブに寄贈され、1870年からこのカップを賭けて「アメリカスカップ」が開催されるようになったそうです。

<公爵の独り言>
既に退役した英国の王室ヨット「ブリタニア号」。あれはどう見ても「ヨット」ではなく「豪華客船」だと思うのは私だけでしょうか?

  1. 2006/08/12(土) 18:26:53|
  2. 王侯貴族・ローマ法王
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<夏の公爵家御料農場(20060812) | ホーム | 英国王ジョージ二世は女好き?>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://westblogburg.blog37.fc2.com/tb.php/905-63606682
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。